横浜中田教会 説教要旨
1月14日

聖書    イザヤ書 第40章6-8節
     マルコによる福音書 第13章28-37節 
説教題  「目を覚ましていなさい」 笹野信治 牧師

              <説教要旨>

*主イエスは「いちじくの木から教えを学びなさい」(13:28)と言われました。いちじくの木から何を学ぶのでしょうか。主イエスは、「枝が柔らかくなり、葉が伸びると、夏の近づいたことが分かる。それと同じように、あなたがたは、これらのことが起こるのを見たら、人の子が戸口に近づいていると悟りなさい。」と続けて言われています。

*主イエスは、ここで、そのような自然現象を見て季節を感じなさいと言われたのではありません。そうではなくて、季節は移る、時は過ぎる、そのことを知るならば、「やがて終わりが来ること」を悟れと言われたのです。

*この世の終末が来ても、この世界や自分の人生は、完全に終わってしまうのでありません。この世の終末は、ここで主イエスが「人の子が戸口に近づいている」と言われたように、「人の子」つまり主イエス御自身が再び来られる。そのことによって、この目に見える世界は終わり、新しい世界が来るというのが、聖書の教えです。

*それと同じように、私たちの人生は死をもって終わるのですけれど、それですべてが終わるのではありません。死の向こうに、復活の命によみがえって主イエスと再びお会いするということがあるのです。私たちは、このことを悟れと言われているのです。

*では私たちは、そのことを知って、どのように生きればよいのでしょうか。「もうじきこの世が終わるなら、今さら何をしても仕方がない、せいぜいやりたいことを好きなだけして楽しむ」という享楽的な生き方をしておきなさいといっているのでしょうか。そうではないとすると、どのように生きることが、世の終りを意識して生きることなのでしょうか。

*私たち信仰者は、主イエスが、再び来ることによって来る終わり、新しい世界の創造、そして自分の人生の終わり、主イエスの御前に立つその日が来ることを知っています。その信仰者の歩む道は、「目を覚まして生きる」ということであり、主イエスが、再び来られる、つまり、再臨という出来事によって明らかになる神様の憐れみ、恵みを、信仰の目でしっかり見つめ、その喜びに生きることこそが、目を覚ましていることです。私たちもしっかりと目を覚まして、主イエス・キリストによって約束されている神様の救いの恵みを信じて、忍耐と希望をもって、喜んでこの世を生きていきたいと思います。