横浜中田教会 説教要旨
4月1日

聖書    エゼキエル書 第37章11節-14節
     ヨハネによる福音書 第20章19-23節 
説教題  「聖霊を受けなさい」 笹野信治 牧師

              <説教要旨>

*主イエス・キリストのお苦しみと死を覚える受難週の歩みをしてまいりましたが、今日、復活を喜び祝うイースターの日を迎えました。

*今日の聖書箇所の19節に「その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。」と記されています。その家には、トマス(24節)と、主イエスを裏切ったイスカリオテのユダを除いた、十人の弟子たちが集まっていました。彼らは、主イエスを十字架に架けたユダヤ人たちが自分たちをも捕らえに来ることを恐れ、戸に鍵をかけていたのです。

*今日の聖書箇所の前には、弟子の筆頭のペトロは、大祭司の庭で「この人もイエスの仲間だ」と言われ、三度、「主イエスを知らない」と関係を否定してその場から逃げ去り、他の弟子たちも皆逃げてしまったことが記されています。それは、事前に主イエスが予告していたことでした。そして、その後、弟子たちはこの家の戸に鍵をかけ、自分たちも捕らえられてしまうのではないかと恐れて身を寄せ合っていたのです。

*すると、そこへ復活の主イエスが現れました。家の戸には全て鍵がかけられていたにもかかわらず、突然、弟子たちのいる家の中に現れたのです。そして、弟子たちの真ん中に立って「あなたがたに平和があるように」と言われました。「あなたがたに平和があるように」とは、へプル語の「シャローム」であったと考えられています。

*弟子たちが閉ざしているのは、家の戸であると同時に、心の「戸」だとも言えます。恐れが、彼らの心を閉ざし、悶々としている中に姿をあらわしてくださったのです。そして、弟子たちの真ん中に立って、主イエスは、「あなたがたに平和があるように。」と言われました。そして、主イエスは御自身の手とわき腹とをお見せになり「弟子たちは、主を見て喜んだ」のです。

*主イエスを見捨てて逃げた弟子たちの中に、復活の主イエスが来てくださったのです。弟子たちは、主イエスの死に打ち勝って勝利されたことを知らされるのと同時に、主イエスを裏切った者が、その裏切った主イエス御自身から赦されたことを知りました。だから、弟子たちは、喜んだのです。

*わたしたちの罪は、主イエス・キリストの贖いの十字架によって赦されました。そして、赦されたわたしたちは、復活の主イエスと同じ、復活の命に生き始めるということです。それは赦しと愛の世界です。主イエスが十字架と復活によって切り開いてくださった命の世界です。