横浜中田教会 説教要旨
7月15日

聖書    イザヤ書 第30章18-26節 
     フィリピの信徒への手紙 第2章1-2節
     説教題  「イエス・キリストの恵み」 笹野陽子 牧師

              <説教要旨>

*牢獄にいるパウロにとって、フイリピの教会の人々が、どんな時にもイエス・キリストに信頼し、希望と感謝にあふれて生きていることこそ、喜びでありました。

*心をあわせて福音の信仰のために、迫害や異端の教えなど、キリストから自分たちを引き離そうとするものと戦っているのが、フイリピの教会でした。

*そこで、パウロは、教会の人々に言います。「そこで、あなたがたに幾らかでも、キリストによる励まし、愛の慰め、霊による交わり、それに慈しみや憐れみの心があるなら、同じ思いとなり同じ愛を抱き、心を合わせ、思いを一つにして、私の喜びを満たしてください。」

*パウロは、あなたがた(キリストに信頼して生きるキリスト者たち)に、キリストの恵みや慰めが幾らかでもあるならと言っているのでしょうか。

*そうではありません。キリストの恵み、祝福は、キリストによって生きている者たちに、いつも溢れるばかりに与えられているからです。このところを「キリストによる励まし、愛の慰め、霊の交わり、それに心からの慈しみや憐れみがたしかであるならば」と訳している人がいます。
*主イエスを救い主として仰ぐキリスト者も、生きているかぎり試練が絶えることはありません。けれど、キリストに励まされて、何が起ころうとも勇気をもって試練に勝利することができるよう、新しい人につくりかえられたのです。そのことが主の十字架によって私たちに与えられた救いの恵みです。この恵みは神の祝福としてすでに与えられ、日々与えられているのです。

*神がわたしたちになさってくださることは、「神を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得る」ことです。そのために励まし、愛し、慰め、聖霊によって共にいてくださり、慈しみと憐れみで守り支え導いてくださっています。

*神の恵みに応えて生きることは、喜びと感謝の生活となってあらわれます。それは自分一人の問題ではなく、その姿は、パウロ、又、キリスト者たちにとって救いの希望となり、共に喜びに生きることとなるのです。