横浜中田教会 説教要旨
12月9日

聖書    ミカ書 第5章1-4節a
     マタイによる福音書 第2章1-8節
     説教題  「いと小さき者の中から」 笹野信治 牧師

              <説教要旨>

*マタイによる福音書第2章1節以下には、「占星術の学者たち」が、不思議な星に導かれてユダヤ人の王を拝みに来たという記事が記されております。彼らはいわば天体の運行を知り、世界の仕組みを勉強している、今日で言えば自然科学者であったのです。天体の運行を知り、種まきや収穫の時期を知り、それだけでなく、世界の仕組みを研究する学者であり、知識人であったと言えます。

*彼らが、ただ自然科学者であっただけではなく、この世の様々な苦難の中に生きる人々について、強い関心を持ち、そして深く同情し、人々の行く末を案じ、人々の救いは来るのかということについて、調べていたのです。

*彼らは、星に導かれてエルサレムにやってきました。そして、ユダヤの地方を治めている領主へロデの所にやって来て「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は何処におられますか。私たちは東方でこの方の星を見たので拝みにきたのです。」(マタイ2:2)と言いました。へロデは、自分のあずかり知らないところで、王としての自分の立場を、地位を脅かす者が生まれようとしていると心中、穏やかではありません。

*そして、ダビデ王の依頼を受けまして、祭司長、律法学者達が一生懸命預言の書を、くまなく探しました結果、発見したのは、ミカ書第5章に記されたベツレヘムという小さな村の名前でありました。その結果をこの博士たちに伝えまして、見つかったら自分にも知らせてほしい、自分もそこへ行って拝みたいからと、偽りの願いを伝えまして、折を見て、この子を殺害しようと企てたのです。

*ベツレヘムは、エルサレムから南の方角へ10キロメートルほどの所にある、見るからにみすぼらしい、取り柄のない、小さく貧しい山間(やまあい)の寒村です。見るべきものは何もない村です。どうして世を救う王が、そこから誕生するというのでしょうか。それは、どう見ても、あり得ないことのように思えたに違いありません。けれども、預言は成就するのです。

*何故神は、神を迎えるに相応しい、黄金で輝かしい場所を選ばれないのでしょうか。それは、神が、何処までもいと小ささ者の神となるためであります。神は御子をベツレヘムの馬小屋に生まれさせるために、世界中のありとあらゆる所にいるいと小さき者たちの神となることを決意したのです。それを、クリスマスの夜に実行に移されたのでした。そして、今から2000年の昔、静かに、人知れず。夜露の降るように、この静かな、田舎のベツレヘムの村に、救い主なる主イエスがお生まれになりました。