横浜中田教会 説教要旨
6月23日

聖書    イザヤ書 第41章6-10節
     フィリピの信徒への手紙 第2章19-24節 
     説教題 「主の希望に生きる仲間たち」 笹野陽子 牧師

              <説教要旨>

*今日の説教箇所は、牢に入っているパウロが、フイリピの教会にテモテを遣わすことを「主イエスによって」希望しているという所です。

*この箇所の前には「私は喜びます。あなたがた一同と共に喜びます。同様に、あなたがたも喜びなさい。わたしと一緒に喜びなさい。」(2:17-18)と信仰に固く留まって生きる者の喜びをパウロは記しました。

*そして、今日の箇所の後には、「では、私の兄弟たち、主において喜びなさい」と続きます。パウロの喜びを重ねる言葉にサンドイッチのように挟まれて、テモテを遣わすことが記されていることには、何か意味があるのでしょうか。

*テモテは、パウロの第2伝道旅行の時から、10年にわたってパウロと共に伝道し、キリストの救いの恵みである福音を伝えました。パウロと同じ思いを抱いているテモテを、フイリピの教会に遣わす目的は、「あなたがたの様子を知って力づけられたい」からでした。

*フイリピの教会には小さな問題があり、パウロはそのことに対して教え励ましています。けれど、パウロの方もフイリピの教会の人々が信仰に生きている様子を知って、力づけられたいのです。

*キリストの救いの恵みを受けた者たちは、片一方だけが励ましや慰めを受けるのではなく、互いに力づけあい励まされ、支えられるという喜びに生きます。

*わたしたちは、孤独に信仰生活をしているのではありません。常にキリストと共に、キリストを信じる仲間と共に福音に生き、福音に仕えています。共に祈り、共に教会の業に仕え、互いに信仰を失うことのないよう慰め励まして生きることができます。教会は、主の希望に生きる仲間たち、共に喜びに生きる群れです。

*パウロは、「主イエスによって」テモテを遣わすことを希望していると言います。自分の願いどおりにするのではなく、主イエスがフイリピの教会に対してそうしなさいと求めておられることをする。

*キリストご自身、わたしたちのために神がなさろうとしておられることに従順になられて、わたしたちに仕えてくださいました。自分が考えて、この方がいいと思うことではなく、主イエスが望んでおられる求めに主の求めに誠実に生きる時、私たちも人に親身になる者にされるのです。