横浜中田教会 説教要旨
2月3日

聖書    箴言 第3章5-8節
     フィリピの信徒への手紙 第2章12-18節
     説教題  「恵の神に従順になる」 笹野陽子 牧師

              <説教要旨>

*フイリピの教会で起きている問題に対して、パウロは「主において同じ思いを抱きなさい」(フイリピ4:2)と伝えました。教会の中でも、日々生きる中でも、問題が起きた時に信仰者が立つ基を示したのです。

*「同じ思い」とは、主イエス・キリストの十字架の出来事によってあらわされた、神さまの救いの恵みの中に踏みとどまることです。神さまに背を向けて自分の好きなように生きていた私たち(私)のために、私たちをめざして、神様の方から来てくださいました。私たちに語りかけ、守り支え、十字架の贖いによって救いの恵みをなしとげてくださいました。

*これは、神様からの一方的な恵みでした。この恵みを感謝して受け信じ抜いて生きることが、神様に従順に生きるということでしょう。ですから「自分の救いを達成するように努めなさい」とは、私たちの救いのために十字架の贖いをなしとげてくださったイエス・キリストに対して従順な生き方を貫くということと言えます。

*それは、何か問題が起きた時、試練の中にある時に、イエス・キリスト以外のもの(自分の知恵など)に頼るのではなく、この間題や試練も神様の御手の中にあり、私やまわりの人たちの救いとなることを信じ抜いて、神様を信じさせないようにする誘惑と戦うことです。

*その時に「恐れおののきつつ」とパウロは言っています。どういうことでしょう。それは、神様の溢れるばかりの恵み、それに対する私たちの弱さ、もろさを知る時に生まれる神様への畏敬の思いです。つまり、イエス・キリストを救い主と信じて生きる信仰者の一日一日、いっさいがっさいを神様が働きかけて、導き、守り、支えていてくださる事への圧倒的な救いの恵みに対する恐れです。どんな時でも従順にイエス・キリストの恵みにとどまり続けて戦う私たちに神が共にいて働いてくださるのです。

*私たちが、このような計り知れない神様の愛、救いの恵みを与えられていることを知って、どんな時にも神様のなさろうとしておられることに従順になることが出来た時、はじめて人に対しても許しと愛に生きることが出来るのでしょう。

*神様に愛され、救いを与えられて生きている私たちです。イエス・キリストをとおして神様が私たちのためにしてくださったことを信じ抜く従順な信仰を、最後まで与えられたいのです。神様がその願いを起こさせ、私たちに働いてくださるのですから、安心して救いを達成するように努められるのです。