横浜中田教会 説教要旨
1月13日

聖書    申命記 第6章10-15節
     マタイによる福音書 第4章8-11節
     説教題  「ただ主に仕えよ」 笹野信治 牧師

              <説教要旨>

*今日の聖書箇所に書かれています、3度目の誘惑とは「更に、悪魔はイエスを非常に高い山に連れて行き、世のすべての国々とその繁栄ぶりを見せて、『もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう』と言った。」(マタ4:8-9)ということでした。悪魔は、世の全ての国々とその繁栄振りを見せました。そして、ひれ伏して神を拝むのではなく、ひれ伏してこのわたしを拝めば、この世の栄光が手に入ると悪魔は囁(ささや)いたのです。

*主イエスが、弟子たちに語られた言葉で「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。」(マタ16:26)という言葉があります。では、自分の魂と命を守り抜くためには、どうしたらよいのでしょうか。

*それは、あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ。と書いてあるとおりに、ただ主にのみ仕えるということです。この言葉は、旧約聖書の申命記第6章13節からきている言葉です。そして、その神である主とは、いったいいかなる方なのかが告げられています。

*それは、奴隷の家から導き出された方、約束の地まで導き入れてくださった方、約束の地に導き入れ、自ら建てたのではない、大きな美しい町々、自ら満たしたのではない、あらゆる財産で満ちた家、自ら掘ったのではない貯水池、自ら植えたのではないぶどう畑とオリーブ畑
を与えてくださった方であり、仕えるべき方はこの方なのだと言っているのです。

*わたしたちの命、そして、今持っているもの全ては神さまから頂いた、恵みの賜物なのです。わたしたちの持っているもので、神から頂かなかったものなど一つもないのです。この最も大切な「恩」というものを忘れますと、途端にわたしたちは、迷い始め、疑い始め、神に仕えることを止めてしまいます。

*悪魔の願っていることは、私どもに神を拝ませたくないということです。3度目の誘惑をお受けになった時、主イエスは、「あなたの神である主を拝め。ただ主に仕えよ。」ときっぱりと言われました。主イエスは、十字架にお架かりになる直前、ゲッセマネで祈られました。その傍らに、眠りこけている三人の弟子たちがいます。その弟子たちに向かって「誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても肉体は弱い。」と言われました。私たちも主なる神を祈り続けてまいりたいと思います。