横浜中田教会 説教要旨
9月19日

聖書    
       出エジプト記 第17章1-7節
       マタイによる福音書 第16章1-4節
       説教題 「時代のしるしを見る」 笹野信治 牧師


              <説教要旨>

*「ファリサイ派とサドカイ派の人々が、主イエスを試そうとして、天からのしるしを見せて欲しいと願った」(マタイ16:1)とあります。それは、彼らは主イエスを試そうとして天からのしるしを見せて欲しいと言ったのでした。

*主イエスはすでにガリラヤ地方を中心に、権威ある御言葉をもって神の新しい支配、神の国について全く新しい教えを語ってきました。病気の人々をいやし、孤独な人の友となり、みんなからのけ者にされていた人に人間としての尊厳を取り戻してやりました。その他、パンの奇跡を行ったりしました。それはすでに新しい時代の来ているといってよいでしょう。待ち望んでいた救い主が到来している。そこに偉大なしるしがあらわされているのです。

*主イエスは、頑(かたく)なな信仰を持っている彼らに対しまして、ヨナのしるしの他にはしるしは与えられないと言われました。一体ヨナのしるしとはどういうことなのでしょうか。そのヨナというのは言うまでもなく旧約聖書の魚に飲み込まれた預言者ヨナのことです。ヨナは、神からニネベに行って、そこの人々に悔い改めをするようにと言われたのですが、恐れをなしてニネベとは逆の方向に逃亡した預言者です。

*暴風に遭って舟から海に投げ出され、ヨナは、三日三晩、魚のお腹の中で過ごしました。彼は、その魚のお腹の中で悔い改め、魚の腹から吐き出されて新しく生まれ変わりました。そして、ニネベの町に勇気を持って神の言葉を語るために行ったのです。

*そこには、人の子、つまりメシア、救い主が、これから起こるであろう事が予告されています。即ち、メシアの受難と死のことです。主イエスはこの時すでに、ヨナのしるしに言及されましたけれども、ご自分の受難とそして、三日目に起こるであろう復活を念頭に置いていたのであります。

*当然のことながら、そのようなヨナのしるしの意味は、悪意を持って主イエスを試そうとしたファリサイ派やサドカイ派の人々には理解できませんでした。そればかりではなく、弟子たちもその時はしるしの意味を理解できなかったことでしょう。ヨナのしるしというものが、天からのしるしであるとしたら、当時の人々だけではなく、このわたしたちも、それを天からのしるしとして受け止めることはなかなか出来にくいものではないでしょうか。

*わたしたちの信仰は、十字架と復活のしるしが、わたしたちのための神の愛のしるしであると言うこと、そして、それがどれほど慰めに満ちたしるしであるかと言うことを示してくれます。