横浜中田教会 説教要旨
8月18日

聖書    出エジプト記 第20章7節
     マタイによる福音書 第5章33-37節 
     説教題 「誓ってはならない」 笹野信治 牧師

              <説教要旨>

*山上の説教と呼ばれるマタイによる福音書5章~7章では、主イエスが、旧約聖書における、神様の掟、律法の教えを取り上げ、さらにそれに対して、「しかし、わたしは言っておく」と言われ、今までの律法の解釈だけでない新しい教えをここで語っておられます。

*本日の聖書箇所、5章33-37節もまさに、主イエスが律法の教えをより深め、完成させておられるというところです。33節に「また、あなたがたも聞いているとおり、昔の人は、『偽りの誓いを立てるな。』」とあります。これが律法の教えです。「偽りの誓いを立てるな」と言うのは、本当でないことを「本当です」と誓うなと言うことです。そして、次の「主に対して誓ったことは、必ず果たせ」、つまり一旦主なる神に対して誓いを立てたなら、それを必ず実行せよということで
す。

*この律法の教えに対して主イエスは、「しかし、わたしは言っておく。一切誓いを立ててはならない」と言われました。ここで、「一切誓いを立ててはならない」というのは、誓ったことをもし守れなかったら大変だから、誓わないでおいた方がよいということではありません。私たちは、神が与えてくださり、養い導いておられる体をもって生きています。私たちの体は、人生は、私たちのもののようであって、私たちの自由にはならない、神のみ手の内にあるのです。私たちの語る全ての言葉が、神と無関係ではあり得ない、神の前での言葉であるということです。

*神がそれを聞いておられ、その語られたことが真実であるかどうかを知っておられ、語られた約束が果たされるのかどうかを見ておられるのです。私たちの何気なく語った言葉によって、人を裏切ったり、傷つけたりしてしまうことがあります。普段の何げない言葉の一つ一つが、全て、神のみ前での言葉なのです。

*ですから、言葉によって犯される罪の大きさを私たちは意識しなければならなりませんし、私たちの語る言葉によって人を裏切ったり、深く傷つけたりしてしまうこともあります。私たちは、それらの罪の全てを主イエスは担ってくださり、十字架の死によってそれを赦してくださっています。私たちの罪の責任を引き受けてくださる愛の中で、この「一切誓いを立ててはならない」という教えを語っておられます。